一月場所後豊昇龍が横綱に昇進した。大関在位は9場所であった。
改めて豊昇龍の大関時代を他の横綱と比較してみる。対象は公式の
優勝制度ができた大正15年以降横綱に昇進した力士とした。横綱で
いうと玉錦以降とした。

◆大関在位
双葉山 2場所
照國 2場所
北の湖 3場所
千代の富士3場所
朝青龍 3場所
男女ノ川4場所
羽黒山 4場所
安藝ノ海4場所
輪島 4場所
双羽黒 4場所
曙 4場所
大鵬 5場所
東富士 6場所
千代の山6場所
鏡里 6場所
柏戸 7場所
白鵬 7場所
栃錦 8場所
2若乃花8場所
隆の里 9場所
豊昇龍 9場所
豊昇龍は43人中21番タイであった。双葉山・照國は年2場所制であ
った。年6場所制では北の湖・千代の富士・朝青龍の大関3場所が
最短である。ちなみに大関在位最長は初代琴櫻と武蔵丸の32場所で
ある。

◆大関時代の勝率
引き分けは0.5勝0.5敗として計算した。
・8割以上
双葉山 1
千代の富士0.844
朝青龍 0.844
輪島 0.833
照國 0.833
貴乃花 0.830
玉錦 0.811
白鵬 0.811
羽黒山 0.807
北の湖 0.8
曙 0.8
・7割5分以上
初代若乃花0.785
隆の里 0.785
安藝ノ海0.783
鏡里 0.778
大鵬 0.773
東富士 0.773
柏戸 0.771
栃錦 0.767
2若乃花0.767
双羽黒 0.767
旭富士 0.761
吉葉山 0.760
・7割以上
北勝海 0.747
千代の山0.744
朝潮 0.736
武蔵丸 0.735
3若乃花0.731
佐田の山0.727
武蔵山 0.726
大乃国 0.718
男女ノ川0.718
稀勢の里0.714
・以下
前田山 0.698
栃ノ海 0.697
豊昇龍 0.689
豊昇龍は43人中35位であった。このあたりは弱い横綱が目立つ。1
場所平均10.3勝が大関時代の成績であった。最低は照ノ富士の
0.573であった。第一次大関時代がマイナスに働いた。

◆横綱昇進直前5場所の成績
横審誕生の千代の山以降を対象とした。
・60勝以上
貴乃花 66勝9敗
千代の富士63勝12敗
輪島 63勝12敗
照ノ富士62勝13敗
朝青龍 61勝14敗
稀勢の里61勝14敗
北の湖 60勝15敗
日馬富士60勝15敗
2若乃花60勝15敗
鏡里 60勝15敗
・56勝以上
朝潮 59勝16敗
大鵬 58勝17敗
柏戸 58勝17敗
佐田の山58勝17敗
三重ノ海58勝17敗
3若乃花58勝17敗
大乃国 58勝17敗
双羽黒 58勝17敗
初代若乃花57勝18敗
北の富士56勝19敗
北勝海 56勝19敗
武蔵丸 56勝19敗
鶴竜 56勝19敗
栃ノ海 56勝19敗
吉葉山 56勝13敗6休
・以下
栃錦 54勝21敗
玉の海 54勝21敗
千代の山54勝21敗
旭富士 54勝21敗
豊昇龍 52勝21敗2休
39人中30位であった。順位の近くに栃錦と玉の海がいるのは救いで
ある。栃錦は体重の増加とともに押し・寄りの正攻法の相撲に変え
た。玉の海は横綱4場所目から稽古によって抜群に安定した相撲に
なった。最下位は琴櫻と白鵬の46勝であった。ともに12休、15休が
あった。

豊昇龍はけして文句なしの成績で横綱に昇進したわけではない。場
所後の休みをのぞけば次の場所まで5週間である。行事もあり、5
週間で急激に強くなるものではない。日々の猛稽古を積み重ねるこ
とである。それができるか否かで豊昇龍の今後が決まる。