琴櫻という力士

「琴櫻/琴桜」は佐渡ヶ嶽部屋ゆかりの四股名で、大関を張った2代がいる。先代の琴櫻傑将は昭和47年に大関で連続優勝して第53代横綱に昇進した力士(この記事の主題)。現大関の琴櫻将傑(旧・琴ノ若)は先代の孫であり、2024年5月場所から祖父の名跡「琴櫻」を襲名した現役力士で、2026年名古屋場所(7月)は東大関として出場している。以下では田口道宏が先代・元横綱琴櫻の相撲人生と昭和47年三月場所の「無気力相撲」事件を掘り下げ、末尾で現大関琴桜の名古屋2026の序盤を整理する。

大関琴ノ若が五月場所から琴櫻を名のることになり
そうである。琴ノ若の祖父であり、父琴ノ若の師匠
でもある。今のように部屋の力士全員に、頭に琴の
字をつけたのは、元琴櫻の佐渡ヶ嶽の代から始まっ
た。

琴櫻とはどういう力士であったのか。ぶちかまし相
撲の馬力型であった。柏戸は琴櫻のぶちかましに胸
をよく赤くしていた。そうかと思えば藤ノ川の動き
に翻弄された。また、曲者海乃山にも苦戦した。

琴櫻
<琴櫻>

関脇・小結時代は8場所連続関脇・小結に在位した。
琴櫻が大関に昇進して記録はストップした。このと
き琴櫻とともに大関を目指していたのが麒麟児(後
の大麒麟)である。琴櫻と同じ3場所32勝だったが、
大関昇進はならなかった。

琴櫻は大関で初優勝した。2回目の優勝もした。北
の富士・玉の海が横綱に昇進するなか、琴櫻の横綱
は考えられなかった。

玉の海が亡くなった後、昭和47年三月場所で事件は
おこった。大関前の山はこの場所角番で11日目まで
5勝6敗とピンチ。一方琴桜は7勝4敗と勝ち越し
が可能なところまできていた。相撲は、琴櫻が星を
譲った相撲にとらえられた。監察委員会が不自然と
とらえ、立ち合いが無気力と認定した。

昭和47年3月の記事
<昭和47年3月の記事>

監察委員のメンバーは委員長の花籠(元大ノ海)、
以下三保ヶ関(元増位山)、高島(元三根山)、大
山(元松登)、片男波(元玉乃海)、鏡山(柏戸)
である。前の山は休場し、大関を陥落した。琴櫻は
休場することなく出場し続けた。

琴櫻は誰しも大関で終わると思ったが、大関31場所
目、32場所目に連続優勝してしまった。当時は北の
富士の一人横綱だった。しかし、琴櫻は32歳で将来
性は考えられなかった。琴櫻が横綱になってもなら
なくても困る状態だった。

琴櫻連続優勝へ
<琴櫻連続優勝へ>

琴櫻は結局横綱に昇進した。短命だったが、桜の花
のごとく散った。

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現・大関琴桜(旧琴ノ若)の2026年名古屋場所

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2024年5月場所、佐渡ヶ嶽部屋の大関琴ノ若が祖父の名跡を襲名し、四股名を「琴櫻将傑」に改めた(現代表記では「琴桜」)。先代・元横綱琴櫻傑将の孫にあたる。父は師匠の佐渡ヶ嶽(元関脇琴ノ若)で、名跡を継ぐ3代目の琴櫻となる。

2026年名古屋場所(7月12日〜26日)、琴桜は東の大関として出場している。番付発表時点では横綱大の里・豊昇龍、大関霧島・琴桜、関脇安青錦(大関復帰狙い)という布陣。名古屋場所2日目(7月13日)、琴桜は新小結の義ノ富士を送り出しで下し2連勝、3日目(7月14日)は前頭2枚目の美ノ海に押し出しで敗れて2勝1敗となった。

名古屋場所の全体像・日程・番付の見どころは名古屋場所2026 完全ガイド、確定番付の読み解きは名古屋場所2026 確定番付を読み解くにまとめている。大関の陥落条件(角番)については大関の角番とは?で解説した。

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この記事を書いた人

日本経済新聞で15年間記者を務め、日経HRの編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するフリーライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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