現代は混迷の時代である。優勝候補をあげ、その通り
優勝することは稀である。それどころか思いがけない
力士が浮上して優勝争いをする展開が続いている。
そのなかで大関はいっこうに優勝争いができないで
いる。それどころか、弱体化が進んでいる。貴景勝が
大関優勝したのは2020年十一月場所である。約2年前
のことである。最高位大関はなぜ優勝できないのか、
探ってみた。
大正15年優勝制度がスタートして478場所経過した。
そのうち大関優勝は112場所ある。さらにそのうち
最高位大関の優勝は38例に過ぎない。わずか8%で
ある。魁皇は大関優勝が4回あるが、大関在位65場所
に対して大関優勝率は6%である。大関はかくも優勝
できない実態がある。
最高位大関はなぜ優勝できないのか。まず、横綱の
昇進基準が甘くなったことがあげられる。横綱の昇進
基準は2場所連続優勝が一人歩きし過ぎている。その
前に品格力量抜群という項目があり、本来はこの項目
だけで十分なのである。横綱昇進基準の甘さが弱い
横綱、短命の横綱、物足りない横綱を生んできた。
つまり強い大関は横綱に昇進し、残った大関は弱い
大関という構造ができてしまったのである。
一時東富士、千代の山、鏡里、吉葉山、栃錦と5横綱
が誕生しそうになった時期がある。「5横綱はいけ
ない」と東富士は引退した。残った4横綱の時代は
最長の14場所続いた。だが、全員が12勝以上の好成績
をあげたことはついになかった。いや、彼らだけでは
ない。いつの時代の4横綱も全員12勝以上の好成績は
ない。4横綱は看板にならなかったのである。
品格ははかりがたいが、力量抜群の横綱は誰か。横綱
が実質地位化した常陸山以降、常陸山、太刀山、大
錦、栃木山、常ノ花、玉錦、双葉山、羽黒山、栃錦、
初代若乃花、大鵬、玉の海、輪島、北の湖、千代の
富士、貴乃花、朝青龍、白鵬である。彼らこそ横綱に
ふさわしい存在だった。準じる者が照國、東富士、
北の富士、北勝海、曙、武蔵丸である。
強い大関は横綱に、残った大関は弱い大関だけに
なる。これが最高位大関優勝が極端に少ない理由で
ある。果たしてこれでいいのだろうか。横綱審議委員
会からこれまで弱い横綱、物足りない横綱をつくって
きた反省の弁を聞いたことがない。