横綱に対して大相撲ファンは畏敬の念を抱く。
横綱は特別な存在である。
昭和25年春場所、東富士・照國・羽黒山の
3横綱が次々に休場し、5日目から横綱不在
になってしまった。横綱への批判に対し協会
は横綱も2場所連続負け越しで降格させる、
と発表した。
ところが、予想に反して世論が反発した。
「降格されてまで土俵にしがみつく横綱なん
て、見たくない」とか「横綱はチャンピオン
ではない。チャンピオン同様の成績を長く
おさめて初めてなれるものだ」こうした声に
協会は横綱格下げをひっこめた
横綱の昇進の基準に品格力量抜群がある。
しかし、横綱にしてみたものの、横綱で優勝
0がけっこういる。
武蔵山
男女ノ川
安藝ノ海
前田山
吉葉山
双羽黒
3代目若乃花
吉葉山以降は横綱審議委員会誕生後の横綱で
ある。双羽黒は横綱以前も優勝はない。双羽
黒以外は横綱になって弱くなったといえる。
武蔵山はケガのため休場が多かった。横綱
皆勤は1場所しかない。
優勝1回の横綱もいる。
朝潮
栃ノ海
琴櫻
大乃国
旭富士
稀勢の里
朝潮は期待されながらついに大成しなかった。
栃ノ海はケガと綱の重圧につぶされた。琴櫻
は32歳という年齢から不安視された。当時
は北の冨士の一人横綱で、琴櫻が横綱になっ
てもならなくても困る、と言われた。
大乃国は千代の富士の連勝を止めたが、弱か
った。旭富士はそれ以前に横綱なっていても
おかしくない成績をあげていた。横綱優勝
1回は、横綱昇進時期が遅れた結果であった。
稀勢の里は新横綱の場所のケガが致命傷と
なった。
2回優勝の横綱もいる。
照國
三重ノ海
隆の里 。
三重ノ海・隆の里は31歳での横綱昇進だった。
最後の花を咲かせた。
雪が心配です。
興味深いテーマをこれからもお届けします。