大鵬の休場明け優勝

三月場所、大の里が3連敗で途中休場した。昨年十一月場所千秋楽
を休場したことがある。そのときは11勝してそれほど心配はなかっ
た。しかし、今回は深刻である。横綱5場所目のピンチである。五
月場所は真価を問われる。

大鵬は休場明け優勝が多かった。具体的に検証してみよう。

大鵬の横綱初休場は横綱22場所目であった。5日目から休場した。
昭和39年七月場所のことであった。大鵬はここまで13回の優勝を達
成していた。初休場明けで連続優勝を成し遂げている。

2度目の休場は昭和41年一月場所であった。全休だった。ここまで
18回優勝していた。25歳の時だった。大鵬は休場明けで6連覇を成
し遂げた。第2次6連覇であった。

3度目の休場は翌年の昭和42年七月場所だった。休場明けに26回目
の優勝をしている。その翌場所から大鵬最大のピンチが始まった。
5場所連続休場した。11勝途中休場ー途中休場ー3場所連続全休で
あった。大鵬は夏巡業で土にまみれて猛稽古して再起をはかった。
大鵬27歳から28歳にかけてのことである。

昭和43年九月場所、休場明けの大鵬は初日相撲巧者栃東と対戦して
敗れた。だが、大鵬は14連勝して優勝した。翌場所、翌々場所全勝
優勝して連勝を44まで伸ばした。迎えた昭和44年三月場所、初日、
曲者藤ノ川を一蹴して45連勝と記録をのばした。

2日目、大鵬は新鋭の戸田(後の羽黒岩)と対戦した。戸田は立ち
合いから猛然と大鵬を押したてた。大鵬後退。後退しながら東土俵
から正面にまわりこんだ。なおも押し立てる戸田だが、まわり込ん
だ大鵬を押すとき右足が土俵の外の砂をはねた。直後に大鵬が正面
土俵を割った。

軍配は大鵬にあがった。控えの高鉄山も戸田の足が出たと主張。だ
が、5人の審判=審判長の元栃錦の春日野、元栃光の千賀ノ浦、元
鶴ヶ嶺の君ヶ浜、元羽島山の松ヶ根、元羽黒花の玉垣は戸田の勝ち
と判定した。世紀の大誤審の瞬間であった。大鵬は今まで節制して
いたが、それがくずれ、急逝肺炎でこの場所休場した。

休場明けの五月場所、大鵬は30回目の優勝を遂げた。それが評価さ
れ、一代年寄が贈られた。大鵬はすでに晩年に入っていた。昭和45
年七月場所は引退騒動を起こしている。結局この場所は休場となっ
たが、初めて休場明け優勝はならなかった。といっても12勝をあげ
ている。翌昭和46年五月場所を最後に引退している。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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