横綱の年間72勝以上 1

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これまで横綱の力量の目安は年間72勝以上と記してきた。それでは
これまでの横綱はどうだったのか。年6場所制は実質昭和32年九月
場所から始まっている。ここでいう年間勝利は一月場所から十一月
場所までである。だから昭和33年以降になる。

昭和33年以降では横綱の代では栃錦からになる。栃錦は横綱になっ
たとき年4場所制であった。4年経過して年5場所制になった。栃
錦が年6場所制では2年間務め、最後の年は3場所で引退している。
また1回休場の年がある。

栃錦のブロマイド

栃錦が年6場所制でフル出場したのは昭和34年の1回である。この
とき77勝13敗の成績をあげている。混迷の時代の年間最多勝をはる
かに超えている。優勝は2回であった。

初代若乃花は昭和33年一月場所後に横綱昇進した。横綱昇進の日
「弱ったなあ」を連発していた若乃花。横綱は不成績なら引退しか
ない。家族が多く、まだ引退できなかった。責任感のある若乃花は
猛稽古でのりきった。その年75勝14敗1分であった。優勝は3回で
あった。

若乃花のブロマイド

若乃花は引き続き翌年の昭和34年も好成績をあげた。76勝14敗であ
る。優勝は3回である。栃錦相手に本割、優勝決定戦で連勝し、史
上初の逆転優勝を達成した。このあとは休場がらみで、年間72勝以
上は2回だった。

朝潮は、休場が多く年間72勝以上はついに1回もなかった。横綱優
勝も1回だけだった。巨人伝説から朝潮への期待は大きかったが、
ついに大成しなかった。強い朝潮と弱い朝潮が同居していた。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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