大相撲の立ち合いで手をおろす(手をつく)ことが徹底されたのは、2008年九月場所から。元三重ノ海の武蔵川理事長が、ルールブックに書いてあるとして実施した。それまでは、横綱の代でいえば栃錦から、手をおろさない立ち合いが長く続いていた。
※拳を土俵におろす今の立ち合いは、昔から変わらずに続いてきた形ではない。厳密には「手をつく」ではなく「手をおろす」だと相撲記者の田口 通廣は書いている。
立ち合いで手をおろすのはいつから|2008年九月場所から徹底
転機は、元三重ノ海の武蔵川理事長だった。ルールブックに書いてあるからと、2008年九月場所から手をおろす立ち合いが徹底して行われた。
横綱の代でいえば、朝青龍の時代にあたる。

それまでは手をおろさない立ち合い|横綱では栃錦の代から

手をおろさない立ち合いは、横綱の代でいえば栃錦から始まった。ただ、初代若乃花はきちんと手をおろしていた。
手をおろさない立ち合いは長く続いた。というより、そのまま続くと思われていた。
拳を土俵におろす今の形は、昔から変わらずに続いてきたものではない。栃錦の代から2008年まで、手をおろさない立ち合いの時代が長くあった。
「手をつく」ではなく「手をおろす」
メディアでは「手をつく」という表現も使われる。田口は、厳密には「手をおろす」だと書いている。
田口は別の記事でも、きちんと腰を割って仕切れば手は自然と「おりる」のであって、つきにいくものではないと書いた(立ち合いの一部にこだわる現代大相撲)。
手をつかなくても立てた|相撲趣味の会で出た話
田口は2023年8月のある土曜、相撲趣味の会の例会にオブザーバーとして参加した。会長とは、かつて相撲友の会の例会で何度か一緒になっている。
例会のテーマは別にあったが、雑談で手をおろさない立ち合いの話が出た。手をつかないなりに、阿吽の呼吸で立っていたというのである。
田口は、今の大相撲は手をおろしても呼吸が合わないことがあると書き添えている。
双葉山の立ち合い|相手が立てばいつでも立つ
双葉山への称賛はさまざまだが、口をそろえて言われるのが立ち合いのりっぱさである。相手が立てば、いつでも立つ。
なぜそんなことができたのか。双葉山はこともなげに「1日に10分(当時の仕切り制限時間)だけ集中すればいいんです」と言う。
双葉山は仕切りで、足の位置を左、右の順に決めてから腰を割る。このとき左ヒジを左ヒザにのせ、右手は手のひらを右ヒザにのせる。
この形で相手としばらく見合い、呼吸を合わせた。双葉山の成績と取り口は横綱 双葉山とは(歴代横綱シリーズ)にまとめている。

仕切りの制限時間は幕内4分・十両3分
立ち合いの規定では、仕切りの制限時間は幕内が4分、十両が3分。仕切りの回数でいえば、幕内は4回、十両は3回が目安である。
| 段 | 制限時間 | 仕切りの目安 |
|---|---|---|
| 幕内 | 4分 | 4回 |
| 十両 | 3分 | 3回 |
手をおろすようになった一方で、この記事を書いた2023年の時点では、十両は2回目の仕切りで立つ傾向があった。幕内も最初のうちは2回目で立っていた。
進行の関係があるかもしれない。それでも田口は、この辺りには改良の余地があると見ている。
相撲の立ち合いについてよくある質問
相撲の立ち合いで手をつく(おろす)のはいつからですか?
徹底されたのは2008年九月場所からです。元三重ノ海の武蔵川理事長が、ルールブックに書いてあるとして実施しました。
立ち合いで拳を土俵につける作法は、昔から変わらず続いてきたのですか?
そうではありません。横綱の代でいえば栃錦から、手をおろさない立ち合いが長く続き、2008年九月場所から手をおろす形が徹底されました。
手をつかない時代は、どうやって立っていたのですか?
手をつかないなりに、阿吽の呼吸で立っていたという話が相撲趣味の会の例会で出ています。初代若乃花のように、きちんと手をおろしていた横綱もいました。
仕切りの制限時間は何分ですか?
幕内が4分、十両が3分です。仕切りの回数の目安は、幕内が4回、十両が3回です。
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