大相撲

令和横綱大関リーグ戦事情

きたる十一月場所は1横綱・2大関の番付という、
さびしさである。横綱大関リーグ戦がおこなわれて
も3番しかない。照ノ富士はひざの手術のため出場
は難しい。となると貴景勝対正代の1番しかないこ
とになる。これが優勝をかけた一番になればそこそ
こ盛り上がるが、消化試合のようになってしまうと
しまらないことになる。乏しい横綱大関リーグ戦に
なってしまう。それも両大関がフル出場したとして
の話である。

<貴景勝>

令和に入って横綱大関リーグ戦の印象は薄いが、実
際はどのようであったのか。調査した結果が以下で
ある。

横綱大関リーグ戦で最も番数が多かったのが、実は
今年(2022年)の五月場所だった。やはり横綱大関
が4人いて休場がなかったことが大きかった。それ
以外はさびしい数字である。横綱大関が最も多かっ
た時期が令和元年七月場所の6人だが、4人も休場
しては話にならない。このころはまだ新型コロナウ
イルスはなかった時期である。

それにしても令和は横綱大関の休場は多い。コロナ
禍による部屋ごと休場もあるにせよ、多い。令和は
2022年九月場所まで20場所を経過した。横綱大関の
休場なしは3場所しかない。複数休場は12場所に及
んでいる。白鵬・鶴竜の両横綱が晩年だったことが
けっこう影響している。

<白鵬>

取り組まれなかった幻の一番も目立つ。幻の照ノ富
士対正代戦は3番もある。個人では貴景勝が幻の取
組に5回登場している。正代も5回である。正代は
大関在位12場所だからいささか多すぎる。といって
も取組編成の責任は審判部にある。審判部の取組編
成には工夫がない。

<正代>

かつて昭和62年十一月場所は4横綱4大関だった。
横綱は北勝海・大乃国・千代の富士・双羽黒であっ
た。大関は小錦・旭富士・朝潮・北天佑だった。千
代の富士と北勝海は同部屋だから対戦はない。小錦
と朝潮も同様だった。それでも横綱大関リーグ戦は
26番あった。休場は一人もいなかった。令和とは比
較にならない規模であった。

<千代の富士>

近年は大関の弱体化が問題になり、照ノ富士は休場
がちになってきている。現状のままではいけない。
新しい力が一刻も早く求められる。

 

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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