きたる十一月場所は1横綱・2大関の番付という、
さびしさである。横綱大関リーグ戦がおこなわれて
も3番しかない。照ノ富士はひざの手術のため出場
は難しい。となると貴景勝対正代の1番しかないこ
とになる。これが優勝をかけた一番になればそこそ
こ盛り上がるが、消化試合のようになってしまうと
しまらないことになる。乏しい横綱大関リーグ戦に
なってしまう。それも両大関がフル出場したとして
の話である。
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令和に入って横綱大関リーグ戦の印象は薄いが、実
際はどのようであったのか。調査した結果が以下で
ある。
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2022/11/横大リーグa-e1667786861935.jpg)
横綱大関リーグ戦で最も番数が多かったのが、実は
今年(2022年)の五月場所だった。やはり横綱大関
が4人いて休場がなかったことが大きかった。それ
以外はさびしい数字である。横綱大関が最も多かっ
た時期が令和元年七月場所の6人だが、4人も休場
しては話にならない。このころはまだ新型コロナウ
イルスはなかった時期である。
それにしても令和は横綱大関の休場は多い。コロナ
禍による部屋ごと休場もあるにせよ、多い。令和は
2022年九月場所まで20場所を経過した。横綱大関の
休場なしは3場所しかない。複数休場は12場所に及
んでいる。白鵬・鶴竜の両横綱が晩年だったことが
けっこう影響している。
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2022/11/170106奉納土俵入り-453.jpg)
取り組まれなかった幻の一番も目立つ。幻の照ノ富
士対正代戦は3番もある。個人では貴景勝が幻の取
組に5回登場している。正代も5回である。正代は
大関在位12場所だからいささか多すぎる。といって
も取組編成の責任は審判部にある。審判部の取組編
成には工夫がない。
![](https://dohyounomokugekisya.net/wp-content/uploads/2022/11/200930正代大関へ-043-e1667786898338.jpg)
かつて昭和62年十一月場所は4横綱4大関だった。
横綱は北勝海・大乃国・千代の富士・双羽黒であっ
た。大関は小錦・旭富士・朝潮・北天佑だった。千
代の富士と北勝海は同部屋だから対戦はない。小錦
と朝潮も同様だった。それでも横綱大関リーグ戦は
26番あった。休場は一人もいなかった。令和とは比
較にならない規模であった。
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近年は大関の弱体化が問題になり、照ノ富士は休場
がちになってきている。現状のままではいけない。
新しい力が一刻も早く求められる。