双葉山と玉ノ海の対戦成績|通算6勝1敗・心の友との7番

双葉山と玉ノ海は幕内で7番対戦し、双葉山の6勝1敗。玉ノ海の唯一の白星は、双葉山の69連勝が止まった昭和14年春場所の9日目だった。師・玉錦を亡くした直後の一番で、玉ノ海は霊前に勝利を報告している。二人は戦後を支え合った心の友でもあった。

※双葉山の対戦成績シリーズ第3回。出典は田口道宏が本文に記録した星取りによる。

目次

双葉山 対 玉ノ海 対戦の歩み

スポンサーリンク

7番という短い対戦ながら、相撲史に残る一番を含む顔合わせだった。節目を時系列で並べる。

時期できごと
69連勝中玉ノ海は双葉山に5連敗
昭和14年春場所9日目玉ノ海が初白星(双葉山の連勝が止まった場所)
昭和15年〜東西制の復活で同じ方屋となり、対戦が消滅
通算(7番)双葉山の6勝1敗
出典:田口道宏 集計(本文記載の星取りによる)

双葉山の対戦成績は、第1回(69連勝と横綱との星取り)第2回(鏡岩・清水川ら好敵手)第4回(出羽湊・両國ら横綱時代の好敵手)に続く。

玉ノ海6勝1敗
双葉山の幕内対戦相手で絶対触れなければならない
力士が玉ノ海である。双葉山の69連勝の話題になっ
たとき「このなかに私の名前もけっこうありますな」
と語っていた。実際69連勝中は5連敗している。5
連敗した昭和13年夏場所後の12月、師匠玉錦を急性
虫垂炎で亡くしている。

玉ノ海のブロマイド
<玉ノ海のブロマイド>

双葉山の連勝がストップした昭和14年春場所、9日
目に玉ノ海は双葉山と対戦した。この場所は13日制
であった。現役で亡くなった玉錦を偲んで面影は、
花道のあのあたりとラジオ放送された。

相撲はこう展開した。玉ノ海右差しで強引なすくい
投げからの寄りの連続。双葉山危うかったが、強靭
な腰でしのぐ。玉ノ海はさらに右出し投げからの寄
りで勝負を決めた。玉ノ海速攻の勝利であった。初
勝利であった。玉ノ海は師の霊前に涙の報告をして
いる。

双葉山のブロマイド
<双葉山のブロマイド>

ただ、こうした背景があったため、あの勝負は双葉
山がゆずってくれたのではないか、という疑念が残
った。玉ノ海にとって双葉山は心の友であった。戦
後の苦しい部屋経営をともに相談してきた仲であっ
た。玉ノ海は佐賀ノ花に二所ノ関部屋を譲って相撲
界を去った。玉ノ海が玉の海として相撲界に関わり
をもつことになったのはNHKの解説であった。

時津風
<時津風>

玉の海が場所に臨むと入り口に協会幹部が迎えてい
た。そのなかから出てきて無言で右四つに組んだ者
が元双葉山の時津風であった。両者とも現役は右四
つであった。無言のなかで元双葉山が暖かく迎えて
くれたことが伝わる友情の右四つであった。

いくら親しい間柄でも疑念の残った勝負を聞くこと
はできない。だがあるとき玉の海が思い切ってきい
てみた。「おれは君に負けたことがあったかなあ」
それを聞いた玉の海はおれは本当に勝ったんだと思
ったという。

玉の海梅吉 これが大相撲だ
<玉の海梅吉著 これが大相撲だ 潮文社刊>

双葉山対玉ノ海戦は7番勝負で終わっている。双葉
山の6勝1敗だった。昭和15年から東西制が復活し
た。双葉山と玉ノ海は同じ方屋になり、両者の対戦
は永久に失われてしまった。

双葉山と玉ノ海の対戦についてよくある質問

双葉山と玉ノ海の対戦成績は?

双葉山の6勝1敗です。幕内で7番対戦しました。

玉ノ海が双葉山に勝ったのはいつですか?

双葉山の69連勝が止まった昭和14年春場所の9日目です。玉ノ海にとって初白星で、急逝した師・玉錦の霊前に勝利を報告しています。

「ゆずってくれたのでは」という疑念とは何ですか?

玉ノ海が師を亡くした直後の一番だったため、双葉山が花を持たせたのではという見方が残りました。後年、玉の海(梅吉)が本人に尋ねると、元双葉山は「おれは君に負けたことがあったかなあ」と答えたといいます。

関連記事:双葉山の対戦成績 第4回(出羽湊・両國ら横綱時代の好敵手)

スポンサーリンク

ブログランキング

当サイトはブログランキングに参加しております。記事をよんでいただいたら、以下バナーをクリックいただくと、ランキングに反映されます、1日1クリックよろしくおねがいします
にほんブログ村 格闘技ブログ 相撲・大相撲へ
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

相撲専属フリーライター・写真家。ペンネーム電光力。日本経済新聞社の記者を15年務め、日経HRの編集者を経て独立。2014年から大相撲ブログ「土俵の目撃者」を運営し、毎場所ほぼ全ての本場所を取材、土俵際から自ら撮影。撮影したリングサイド写真は9万枚を超える。にほんブログ村「相撲・大相撲」カテゴリ ランキング1位。

目次