大相撲

豪栄道引退大相撲レポート

2022年1月29日

2020年一月場所後の豪風引退大相撲以来、
観客を入れての引退大相撲が実現した。
豪栄道引退大相撲である。コロナ禍では初
である。もちろん、この間関係者だけで実施
した引退大相撲はあった。

開場は10時半と早い。豪栄道と夫人が挨拶に
立つが、そこは後援者のみがそばを通り、
普通のお客さんとは柵でさえぎられた場所に
なっていた。係員が撮影させまいとさえぎる。
一般のお 客さんは客でないかのような扱いに
腹を立てる方を見かけた。

<挨拶に立つ豪栄道>

観客席は通常開催と同じであった。4人マス、
5人のボックス席、間隔を空けないイス席で
あった。ただ、入りは芳しくはなかった。
12月上旬にチケットを売り出し、1月29日の
開催ではPR期間がなさすぎた。東京場所を
2場所くらい経なくては難しい。また今回は
3人の引退相撲が集中してあるので、観客が
分散されることも考えられた。

出し物は11時半からスタートした。特別な
出し物はない。幕下トーナメント、初っ切り、
甚句などである。豪栄道グッズが売られて
いるが、お客さんが長蛇の列である。最後に
なって1200円の豪栄道パンフレットを入手
した。パンフレットというより写真集である。

<はさにをいれる元白鵬の間垣親方>

本番の断髪式は、400人がはさみをいれると
いう。長時間が予想された。はさみをいれた
方に舞の海さんがいた。最後に協会関係者が
はさみをいれた。妙義龍をはじめ境川部屋の
関取3人、親方たちがはさみをいれたのは
当然であった。ほかに元白鵬の間垣親方には
ひときわ目をひいた。力士会会長の照ノ富士、
新大関の御嶽海などもはさみをいれた。

その後、暗く なった国技館内の中で豪栄道に
スポットライトがあたり、 相撲人生が語ら
れていった。 最後は師匠の境川(元両国=
前名小林山)で とめばさみとなった。境川
と豪栄道は四方に 一礼した。 最後に家族
から花束が贈呈された。

<豪栄道と境川親方>

だが、豪栄道の演出はまだ続いた。整髪した
豪栄道が最後に洋装で現れ、感謝のことばを
述べた。最後まで目を離せない豪栄道引退
大相撲であった。

<整髪後挨拶する豪栄道>

勢の引退大相撲は来年になるそうです。-
興味深いテーマをこれからもお届けします。

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  • この記事を書いた人

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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