大相撲

大関復帰後の不成績

2019年11月1日

九月場所、関脇貴景勝は12勝優勝同点で大関
に復帰した。大関降格直後12勝での復帰は
最高成績である。大関降格直後の場所で10勝
以上の成績で、大関に復帰できる規定は昭和
44年七月場所から施行された。その後大関
から降格したのは22例。そのうち大関に復帰
できた力士は0から復帰した魁傑を含め、
わずか8例にすぎない。貴景勝は見事この
なかに入ったわけである。
190922千秋楽幕内 1459
<優勝決定戦で負傷した貴景勝(右)>

復帰した貴景勝だが、九月場所の御嶽海との
優勝決定戦で左大胸筋を痛め、大きな青あざ
がつくほどだった。回復にむけているが、
不安はつきまとう。先ほど大関に復帰できた
のは稀といったが、その復帰した大関の成績
を調べてみると貴景勝にとってよくない結果
が出てきた。それが以下である。
復帰大関通信簿A
貴景勝を除く7例中4例が短命なのである。
しかも多くが負け越している。武双山にして
も勝率は5割7部1厘である。これは1場所
8.6勝にすぎない。優勝は2度目の復帰の栃東
だけである。三重ノ海は横綱に昇進したが、
直前3場所、優勝がなかった。これは現代
なら横綱昇進はかなり難しい。旭富士から
日馬富士まで2場所連続優勝が横綱昇進の
条件だったほどだから。
三重ノ海
<三重ノ海>

大関復帰といってもバラ色どころか、試練の
道になりそうなデータである。貴景勝の行く
手も不安がつきまとっても不思議ではない。
ただ、貴景勝は23歳とまだ若い。貴源治が
十両落ちしたので、幕内では最年少である。
伸び代があり、未来がある。十一月場所は
出場の以降のようだが、若さでぶじにのり
切っていただききたい。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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