大相撲

土俵の充実の実現性

2016年1月2日

明けましておめどうございます。今年も土俵の目撃者、
宜しくお願いします。

土俵の充実。故北の湖理事長がスローガンにし、八角
(元横綱北勝海)理事長が引き継いでいくという。それ
では最初に土俵の充実を打ち出したのは誰かご存知だ
ろうか。元栃錦の春日野理事長である。春日野が理事長
になったのは昭和49年の2月である。定年退職した前理
事長の武蔵川(元出羽ノ花)は経営・運営の人であった。
その結果、協会の財政は安定したが、土俵にまでは目が
むかなかった。そこで春日野新理事長は土俵の充実を打
ち出したのである。
150712初日十両 442★
<故北の湖理事長>
 
土俵の充実をスローガンとするのはいいが、具体的に何
をするのかは見えていない。今の相撲は面白いか。吊り
出しもうっちゃりもほとんどない。大鵬時代には起重機
と呼ばれ吊り出しを得意とした明武谷がいた。若浪の豪
快な吊りもあった。玉の海は相手の反撃をくわない横吊
りがうまかった。曲者海乃山がけたぐりで大鵬も柏戸も
北の富士も苦渋をなめている。今ニックネームがつく関
取は少ない。

現代は総大型時代である。関取の重さは150キロ以上が
当たり前である。どうしても大味な相撲が多くなる。それ
ほど昔に遡らなくても、北の富士・玉の海のころは130
キロ台が普通で、150キロ以上は巨漢であった。

土俵の充実の第1歩は稽古時間の確保と稽古に集中で
きる環境である。今の大合併の大人数の巡業では一人
当たりの稽古量はどうしても限られてしまう。巡業地から
次の巡業地への移動も疲労が残る要因となる。場所数が
少なかった時代は一門単位の巡業だったから稽古量は多
かった、というより稽古する以外にお客さんに提供できる
ものがなかった。
150726千秋楽表彰 017■
<八角理事長>
 
もう1つは部屋の力士数が少ない部屋の稽古のあり方で
ある。2人など1ケタの部屋もある。出稽古といっても埼
玉、千葉など遠隔地の部屋もある。部屋関係で出稽古
にいけない場合も出てくる。年末の総見では稽古量が少
ないと報道された。これでは土俵の充実にはほど遠い。

本当に土俵の充実は実現するのだろうか。現時点ではか
なり難しそうだが、具体策を練って実効性を高めていた
だきたい。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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