大相撲

横綱昇進、その成績1

2014年4月1日

鶴竜は10勝5敗-9勝6敗-9勝6敗-14勝

1敗優勝同点-14勝1敗優勝で横綱昇進を果

たした。この間優勝1回、通算56勝19敗の成

績である。旭富士以降8人続いた2場所連続

優勝による横綱昇進の記録はストップした。

それではほかの力士はどの程度の成績で昇進

したのか。以下戦後場所数が増加しつつあっ

た千代の山以降を調べてみた

横綱昇進成績1A

かつて大関玉錦は横綱のいない時代、9勝2

敗-9勝2敗優勝-9勝2敗優勝-10勝1敗

優勝でも横綱に昇進できなかった。横綱に対

する見識を示した時代でった。

横綱の昇進は本物の横綱を本来誕生させるた

めにつぶさに検討すべきものである。しかし、

現実は横綱の粗製濫造である。

千代の山の2場所前の8勝7敗は現在なら横

綱昇進の話題にすらならない。その千代の山

は後に横綱返上問題を引き起こしている。千

代の山に限らず、栃錦など1ケタ勝利がある

力士は安定感に欠けることを示唆している。

連続優勝で昇進し、後に時代を築いた栃錦さ

え横綱として途中休場、連続9勝6敗、途中

休場と低迷時期があった。

若乃花
<写真は若乃花>

土俵の鬼といわれた初代若乃花が横綱になっ

たとき、若乃花は私に対して「困った、困っ

た」を繰り返していたのを思い出す。その顔

には横綱になった喜びの顔さえなかった。横

綱になった責任、その重さに押しつぶされそ

うになる悩める姿を目のあたりに見て、私は

感動したものだった。(大相撲はんどぶっく

-日本スポー出版社刊の中の「横綱」-この

不可思議なもの 小坂秀二氏筆より)

若乃花は大関時代から横綱鏡里、吉葉山より

強いと見られ、大関在位中は1ケタ勝利が1

度もなかった。責任感がさらに猛稽古後につ

ながり、後に戦後最強とまでいわれた。

新しい英雄として登場した大鵬は若くて強く

てあっという間に優勝・大関を手中にした。

横綱は時間の問題だった。大関4、5場所目

連続優勝で横綱に昇進した。優勝が5場所前

にしかない柏戸が同日昇進できたのは、大関

時代の勝率が大鵬と遜色ないという後付理由

であった。 

(この項目続く)

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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