大正は1912年7月30日から1926年12月25日までである。非常に短い
期間であった。また、大正天皇がどんな方であったか意外と知られ
ていない。ここは歴史を語るところではないので触れないが、大正
の大相撲本場所は大正2年から始まった。
大正2年春場所~4場所 48人
大正2年春場所の幕内人数は48人でも東25人西23人であった。東西
対抗の団体戦だが、東に番付外が2人いたためアンバランスな番付
になった。なお大正時代、番付外は3場所しかない。大正3年夏場
所と大正13年春場所である。幕内48人は大正期最大の幕内力士人数
である。

大正期も幕内力士の人数は一定しない。
大正4年春場所 46人
大正4年夏場所 46人
大正5年春場所 44人
大正5年夏場所~3場所 46人
大正7年春場所 48人
大正7年夏場所~3場所 46人
幕内力士46人が目立つ。大正期は8場所ある。ただし、この後は1
度も出てこない。
大正後期をみていこう。
大正9年春場所~4場所 44人
大正11年春場所~3場所 42人
大正12年夏場所 40人
大正13年春場所 43人
大正13年夏場所 42人
42人は現在の幕内力士数と同じである。4場所ある。また、40人は
大正期最小の幕内人数である。大正15年にもう一度ある。大正13年
春場所は東21人、西22人と番付外のためそろわなかった。

大正14年春場所~3場所 44人
大正15年夏場所 40人
幕内力士44人は通算7場所を数えた。幕内46人の8場所に次ぐ場所
数である。大正期も幕内力士数は変動制であった。
今日の運勢が気になったら
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