大相撲を生で観戦できる人数は限られている。大多数はテレビで観
戦である。それだけに大相撲中継の内容、特に解説者は大切になる。
相撲理念、相撲哲学をもっている方は興味深い。あるいは体験した
者でなければわからないことを伝えるのもいい。大相撲中継の楽し
みは、解説者によるところが大きい。
その解説者に北の富士さんがすわることになった。55歳のときであ
る。言語明瞭で聞きやすい語り口だった。きびしくも暖かく力士を
評した。ときにはユーモアをまじえるユニークさがあった。自分の
昔話を話すこともあり、知られざる北の富士に触れることがあった。
解説者は長期に及んだ。55歳からスタートして80歳になった。横綱
の寿命としても80歳超えは珍しいなか、現役の解説者だった。それ
にしても時の流れは早く、いかんともしがたい。
北の富士さんが解説者として姿を見せなくなったのが2023年三月場
所からだった。約80歳11カ月強のときである。最初は一時的なお休
みかなと思った。かつて手術で休場したことがあったからだ。だが、
今度はそうではなかった。長期になった。北の富士さんが解説者と
して復帰することはない予感がした。
今年(2024年)の七月場所初日VTRで登場した。それが十一月場
所中まさかの訃報に接することになろうとは。渋い和服やダンディ
ーなスーツ姿はもう見られない。北の富士さんを待ってサインを求
めていたファンの姿はもうない。爽やかな語り口は永遠に失われた。
さようなら北の富士さん。
(終わり)