大相撲の幕内最高優勝は何によって決まるのか、ご存じだろうか。
最多勝か最多勝敗差か。何が違うのか。それは引き分け、痛み分け
などの扱いがどうなるかということである。ただし、現代において
引き分けはないに等しい。幕内最後の引き分けは昭和49年九月場所
の三重ノ海対二子岳戦が最後である。結論からいうと最多勝者が優
勝である。
公式優勝制度は大正15年から始まった。優勝制度とともに取り直し
制度、不戦勝不戦敗制度ができた。それ以前は引き分け・預かり・
無勝負であり、対戦相手が休場すると自分の星取りも「や」扱いに
なった。東西制は勝ち点の多い方が東になった。だから東の横綱が
西の横綱より番付が上とは言い切れなかった。

それでも長い相撲史には分けを含む優勝がある。東富士は2度ある。
最初は昭和24年春場所である。東富士は新横綱だった。6日目神風
と対戦した。長い相撲のなか、神風の左眼からの出血が激しくなっ
た。立ち合いのあたりで切ったもので、東富士了承のもと、勝負は
痛み分けとなった。10勝2敗1痛み分けで東富士が優勝した。
2度目は昭和26年秋場所である。12日目東富士対吉葉山戦は死闘と
なった。最初の相撲はもつれて取り直しになった。東富士は2、3
日前から発熱し、前夜は40度を超えていた。
取り直しの相撲は、攻防のなか勝負がつかず水入りとなった。再開
後も熱闘となり勝負がもつれた。物言いがついたが、高熱の東富士
をさらに取らせることは不可能だった。検査役は両力士の言い分を
きいて引き分け預かりとなった。東富士は13勝1敗1引き分け預り
で4回目の優勝となった。

腑に落ちないのは日本のプロ野球である。タイブレークなしで12回
終了である。そのため引き分けが発生する。メジャーリーグは、シ
ーズンはタイブレークを採用し、決着がつくまで試合を続ける。ポ
ストシーズンは、タイブレークはないが、決着がつくまで試合を続
ける。
日本プロ野球は勝率で順位を決める。引き分けは除外して計算する。
勝率=勝ち数/(勝ち数+負け数)
これだと1勝99引き分けは勝率10割である。99勝1敗より上になる
ことになる。ここにとんでもない不合理さを含んでいる。これをま
かり通しているところに日本プロ野球の限界をみる思いがした。ち
なみにサッカーは勝ち点制である。
明治末期、時事新報社が個人最高成績者の優勝額を国技館に掲げた
時期があった。このときは引き分け、預かり、無勝負、相手休みな
どが頻繁にあった。最高成績は最高勝敗差で決めたようである。