関脇優勝誕生の背景7

佐田の山は入幕3場所目に平幕優勝している。一見早い優勝に思え
る。ただし、注釈がつく。横綱・大関・関脇戦は一番もなかった。
また十両力士に負け、幕内優勝力士は十両力士より弱いと揶揄され
た。

当時平幕優勝力士は大関になれないというジンクスがあった。これ
を打破したのが佐田の山であった。

佐田の山のブロマイド
佐田の山のブロマイド

昭和37年三月場所、佐田の山は関脇4場所目になっていた。横綱若
乃花と大関琴ヶ濱は途中休場であった。横綱柏戸と大関北葉山は優
勝争いから早々と脱落していた。横綱大鵬は大関から横綱にかけて
4連覇中でこの場所も好調であった。

11日目大鵬は1敗、佐田の山は全勝で激突した。対戦成績はここま
で大鵬が4連勝中だった。この場所も大鵬が寄り切りで勝って1敗
で並んだ。佐田の山はその後14日目羽黒山(前名安念山)に敗れ、
2敗に後退した。

佐田の山のブロマイド
佐田の山のブロマイド

ところが大鵬は千秋楽柏戸に敗れ2敗となった。大鵬と佐田の山で
優勝決定戦に突入した。ここまで佐田の山は大鵬に5連敗中であっ
た。それもすべて寄り切りで敗れていた。ただ心理的にはチャンス
が訪れた佐田の山、柏戸に敗れたショックが残る大鵬という面があ
った。

相撲は、佐田の山があたって果敢に突っ張った。大鵬左差しにいく
が、佐田の山ははずにしておっつけ、左もはずで押し出した。佐田
の山は2回目の優勝を関脇で達成した。場所後佐田の山は大関に昇
進した。8勝ー9勝ー13勝だった。

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この記事を書いた人

相撲専属フリーライター・写真家。ペンネーム電光力。日本経済新聞社の記者を15年務め、日経HRの編集者を経て独立。2014年から大相撲ブログ「土俵の目撃者」を運営し、毎場所ほぼ全ての本場所を取材、土俵際から自ら撮影。撮影したリングサイド写真は9万枚を超える。にほんブログ村「相撲・大相撲」カテゴリ ランキング1位。

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