大相撲

玉鷲実力評価の変遷

2019年3月6日

190127千秋楽表彰 1481
<優勝した玉鷲(右)>

一月場所苦節15年の末、玉鷲が幕内最高優勝

を達成した。34歳であった。最近でこそ玉鷲
の実力や相撲ぶりは知られているが、これ
までどのような幕内人生を歩んできたのか。
改めて振りかえってみた。

玉鷲の新入幕は平成20年の九月場所である。
しかし、このときは4勝11敗と勝てずに、
十両に降格している。翌場所再入幕したもの
の、4場所中3場所負け越しで、再び十両に
逆戻りした。ここで十両優勝によって1場所
で復帰した。
100918七日目幕内前半 049
<新入幕玉鷲>

復帰後3場所目、新入幕から10場所目に初め
て横綱・大関と対戦した。当時白鵬が一人
横綱で、大関は日馬富士・琴欧洲・魁皇・
琴光喜であった。対戦は全敗であり、成績は
5勝10敗で大敗した。上位再戦は5場所後の
平成23年一月場所であった。このとき琴光喜
はいなく、把瑠都が大関であった。このとき
は魁皇、日馬富士に勝利したものの5勝10敗
とはね返されている。

その後十両に3度落ちている。いずれも1場
所で復帰したものの、上位との対戦は遠ざか
っていた。ここまで玉鷲は特にはでな活躍は
なかった。明日のホープを期待させる要素も
みえなかった。約3年後の平成26年三月場所、
3度目の上位戦もまたもや5勝で終わって
いる。

そんななか、幕内中位で勝ち越して新小結に
昇進した。平成27年三月場所のことであった。
しかし、ここでも4勝11敗と大敗している。
ところが翌場所、横綱・大関戦は横綱日馬
富士のみの対戦で勝利し、初めて金星を獲得
した。
161113初日幕内 819
<H28年11月 玉鷲、横綱日馬富士から勝利>

玉鷲に変化が見られたのは平成28年十一月
場所からである。この場所再小結だが、白鵬・
日馬富士・鶴竜の3横綱、琴奨菊・稀勢の里・
豪栄道・照ノ富士の4大関時代であった。
玉鷲は4勝3敗と横綱・大関に勝ち越し、
この場所10勝5敗の好成績をあげた。初の
三賞技能賞を受賞した。玉鷲32歳のときで
あった。

32歳にして立つ。ここから玉鷲の快進撃が
始まった。きたる三月場所まで15場所連続
上位をキープしている。勝ち越し10場所、
負け越し4場所である。突き押し相撲の実力
者玉鷲の誕生であった。

大関を目指す貴景勝に比べ、玉鷲はあまり
騒がれていない。だが、12勝以上をあげると
大関もあり得る。34歳だが、相撲は若々しい。
玉鷲は大器晩成の輝く星となった。

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denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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