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佐渡ヶ嶽部屋代々

佐渡ヶ嶽部屋から大関琴ノ若が誕生した。これで佐
渡ヶ嶽部屋はこれまで1横綱6大関を生み出してき
たことになる。横綱琴櫻、大関琴ヶ濱・琴風・琴欧
洲・琴光喜・琴奨菊・琴ノ若である。ここまでくれ
ば名門である。佐渡ヶ嶽部屋はいつ誕生し、どうい
う流れをたどってきたのか、調査してみた。

佐渡ヶ嶽部屋は初代琴錦が昭和30年、7人の弟子と
ともにニ所ノ関(元佐賀ノ花)部屋から独立した。
初代琴錦は玉錦が現役で亡くなったときの弟子で、
その時は序ノ口だった。ただ、内弟子だった琴ヶ
濱の移籍はかなわなかった。琴ヶ濱の移籍が実現
したのは3年以上経った昭和33年十一月場所であ
った。琴ヶ濱はすでに大関になっていた。

<元琴錦の佐渡ヶ嶽>

横綱琴櫻と師匠佐渡ヶ嶽(元初代琴錦)は引退をめ
ぐり、十分な話し合い合いが行われていなかかった。
引退を引っ込める、引っ込めないでもめ、感情的に
なってしまった。琴櫻は独立して白玉部屋をおこす
つもりでいた。実現していたら四股名に「琴」がつ
く力士は生まれなかっただろう。

ところがここで思いもよらぬ事態がおこった。病気
中であった佐渡ヶ嶽が突然亡くなってしまったのだ。
その結果琴櫻は急遽佐渡ヶ嶽を引き継ぐことになっ
た。まさに紙一重の継承であった。佐渡ヶ嶽(元初
代琴錦)がもう少し長生きしていたら歴史は間違い
なく変わっていた。

<元琴櫻の佐渡ヶ嶽>

佐渡ヶ嶽部屋は琴櫻の代で勢力を拡大した。熱心な
弟子のスカウト・指導が多くの弟子を育てた。大関
琴風、関脇琴錦・琴ノ若・琴ヶ梅・琴富士。小結琴
稲妻らを育てた。琴欧洲・琴光喜を関脇まで、琴奨
奨菊を幕内まで育てた。平成17年十一月場所中に定
年を迎えた。

<元琴ノ若の佐渡ヶ嶽>

娘婿である琴ノ若はその場で引退し、部屋を継承し
た。彼のもとで琴欧洲。琴光喜・琴奨菊が大関に育
った。佐渡ヶ嶽部屋は現在大関琴ノ若、幕内琴勝峰、
十両琴恵光(元幕内)を要している。幕下にはホー
プ琴手計・琴挙龍の若手力士が控えている。佐度ヶ
嶽部屋は前途洋々である。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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