◆昭和63年~平成2年(21歳~23歳)
安芸ノ島の新入幕は昭和63年三月場所だった。まだ、四股名は「ノ」
の字であった。この場所は7勝8敗で下に2枚あったが、翌場所十
両落ちになっている。1場所で幕内に復帰し、11勝をあげ敢闘賞を
受賞した。
翌九月場所早くも上位に番付を上げた。初上位にも関わらず8勝7
敗と勝ち越している。横綱大乃国から初金星をあげ、大関に3勝1
敗で殊勲賞に輝いた。4大関は朝潮、北天佑、旭富士、小錦であっ
た。翌場所小結に昇進した。だが、7勝8敗と惜敗した。
元号が改まった平成元年の一月場所の惜敗後、三月場所で8勝7敗
と勝ち越した。同時に2度目の敢闘賞を受賞した。五月場所は初の
関脇に昇進した。その後4場所負け越しが続いたが、その間金星4
個獲得している。平成元年で金星5個になった。内訳は千代の富士・
北勝海から各2個、大乃国1個(通算2個)である。

平成2年はかなり飛躍の年となった。5場所勝ち越しを決めている。
2回目から4回目の殊勲賞、2回目の敢闘賞、初の技能賞を獲得し
ている。金星は5個に及んだ。内訳は千代の富士・北勝海から各2
個、旭富士から1個獲得している。千代の富士・北勝海からはそれ
ぞれ通算4個になった。関脇に連続在位した。
この時期、安芸ノ島は三賞を8つ受賞している。これは獲得した三
賞の42%を占めている。また、金星は11個になり、全体の58%に及
んだ。16場所だけでここまで達成してしまった。上位での成績は98
勝97敗だった。横綱戦は12勝19敗、大関戦は26勝18敗であった。大
関戦は大幅に勝ち越している。
強豪関脇を予感させるのに十分な実績となった。