春日山部屋とは|名寄岩が昭和29年に興した立浪系の部屋と2016年の消滅

春日山部屋は、立浪部屋の名寄岩が昭和29年に独立して興した、立浪系統の部屋である。その後、元濱錦の春日山が師匠不適格として協会から師匠辞任勧告を受け、2016年に部屋は消滅して力士は追手風部屋へ移った。春日山の名跡は、2026年9月時点では元関脇の勢が名乗っている。

※相撲記者・田口 通廣が2016年10月に書いた記事をもとに、今の春日山を日本相撲協会の年寄プロフィール(2026年9月27日確認)で補った。

目次

春日山部屋の消滅|元濱錦に師匠辞任勧告

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2016年、協会は元濱錦の春日山を師匠不適格として、師匠辞任勧告を出した。勧告とはいっても、受け入れない場合は業務委託契約を解除するという強制力が伴う。

元濱錦は、先代春日山の元春日富士と年寄名跡をめぐって訴訟中だった。ちなみに元春日富士と元濱錦は師弟関係ではなく、元濱錦は追手風部屋の出身である。

部屋の消滅に伴い、力士は追手風部屋へ移籍することになった。元春日富士と元濱錦の争いから閉鎖までの経緯は、続編の春日山部屋の位置づけ2に詳しい。

春日山部屋の系統|立浪から分かれた部屋

春日山部屋はどんな位置づけの部屋なのか。下の図のピンクの部分がそれにあたる。

春日山

これを見ると、井筒のルーツが高砂であることもわかる。同じく高砂の系統だった二十山は、師匠の死去に伴い、力士が双葉山相撲道場に移籍している。

そもそも本家・分家が一門意識をもつようになったのは、常陸山以降だという。小さくて見にくい方のために、部分を拡大した図も載せておく。

立浪A

立浪部屋の系譜|緑嶋が興し、双葉山・羽黒山らを育てる

春日山は立浪の系統である。立浪は元小結緑嶋が興した部屋で、旭川、双葉山、羽黒山、名寄岩など名力士を育て、一大勢力を築いた。

春秋園事件で力士が脱退するなか、立浪部屋から脱退力士を出さなかったことも大きかった。緑嶋自身は伊勢ノ海系統の春日山部屋の出身で、その春日山部屋はのちに消滅している。

名寄岩 
<怒り金時名寄岩のブロマイド>

名寄岩が昭和29年に独立|春日山部屋の誕生

立浪部屋からは、双葉山相撲道場(後の時津風部屋)、名寄岩の春日山部屋など、いくつかの部屋が独立した。

名寄岩は40歳まで現役を務め、昭和29年に独立した。これが春日山部屋の誕生である。

しかし、春日山部屋は脈々と続く運命とはいかなかった。その後の経緯は、田口が続編の春日山部屋の位置づけ2に書いている。

時期できごと
昭和29年名寄岩が立浪部屋から独立し、春日山部屋を興す
2016年元濱錦の春日山に師匠辞任勧告。部屋は消滅し、力士は追手風部屋へ
2026年9月時点春日山の名跡は元関脇の勢(所属は伊勢ノ海部屋)
春日山部屋のあゆみ(田口 通廣の記事と日本相撲協会の年寄プロフィールから)

今の春日山親方は元関脇の勢

日本相撲協会の年寄プロフィールでは、2026年9月27日の時点で春日山を名乗るのは元関脇の勢で、所属は伊勢ノ海部屋となっている。

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よくある質問

Q. 春日山部屋はなぜ消滅したのですか?
A. 2016年、元濱錦の春日山が師匠不適格とされ、協会から師匠辞任勧告を受けたため。力士は追手風部屋へ移籍した。

Q. 春日山部屋はいつできましたか?
A. 昭和29年。立浪部屋の名寄岩が40歳まで現役を務めたあと独立して興した。

Q. 春日山部屋は何の系統ですか?
A. 立浪の系統。立浪部屋は元小結緑嶋が興した部屋で、双葉山、羽黒山、名寄岩らを育てた。

Q. 今の春日山親方は誰ですか?
A. 元関脇の勢。日本相撲協会の年寄プロフィールでは、所属は伊勢ノ海部屋となっている(2026年9月27日確認)。

関連記事:春日山問題をめぐる疑問/勢の土俵歴/追手風部屋の力士一覧/相撲部屋 一門 相関図

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この記事を書いた人

少年漫画雑誌、日経関連の編集者を経て独立。現在は大相撲を専門に取材するライター。ほぼ毎場所、自ら土俵際で撮影している。にほんブログ村 相撲・大相撲カテゴリでランキング1位。

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