大相撲

大相撲その立ち合い

2016年5月1日

大相撲でしらけること、それは制限時間後の立ち合いが
合わないことである。4月28日の力士会に審判部がのり
込んで、故意の待ったをした者は厳重注意すると各力士
に伝えたとのことである。アマチュアでは行司ならぬ審判
が両者を立ち合わせる。しかし、大相撲は、力士の呼吸
が合ったところで立つ。立つか立たぬかは、両力士に委
ねられている極めて珍しい競技なのである。

それなのに見ていて明らかにおかしい立ち合いはある。
まず、最初の仕切りから呼吸を合わせていこうという様
子がまるで見られない。カタチだけの仕切りが目立つ。
これでは何回繰り返しても意味はない。実際は立つこと
できない、低く沈む平蜘蛛の仕切りなどは無意味である。
160324十二日目幕内゙ 414
<呼吸が合わない立ち合い>

制限時間後だけ帳尻を合わせても片方が手をついて待っ
ていて、動作が遅かったほうが自分の呼吸で立っている
ような立ち合いさえある。片手をついて、もう一方の手を
するように立つことがある。これでは相手は立ちにくい。
本当に呼吸が合って立っているとはいえない。

なお、メディアでも手をつくという表現をすることがあるが、
厳密には手をおろすである。腰が割れれば手は自然と
おりるのである。両手が自然とおりれば、立つめやすに
もなる。横綱栃木山は、立ち合いは同時に立って、速く
攻めろと語っている。小坂秀二氏は立ち合いについて
次のように述べている。

腰を割らずに手を下ろしたのでは、腰が高くなり前への
めるような格好になってしまう。これでは立てない。(中
略)相手との呼吸が合わないのも、お互いに腰を割ると
いう動きがなく、そこを飛ばして次の動きに入ってしまう
から、相手と目を合わせることもなく、呼吸も動きも合わ
ない。(中略)

双葉
<双葉山のブロマイド>

双葉山は(足の位置を)左から右という順で決める。(中
略)足の位置が決まると、腰を割る。このとき双葉山は、
左ヒジを左ヒザに乗せ、右手は手のひらを右ヒザに乗せ
ている。(中略)この形で、相手としばらく見合い、呼吸を
合わせる。ここのところが、いまの立ち合いには全然
欠けている。ここでの見合いが非常に大事なのである。

手を下ろす前に、腰を割って相手と見合うことによって、
呼吸も合ってきて、立つ気が互いに高まってくるのであ
る。立つか、立たぬかは、むしろここで決まると言って
いいだろう。ここに仕切りのなんとも言えない”間”があ
る。(伝説の名横綱双葉山 中公文庫より)

双葉山は理想の横綱像であり、力士の手本であった。特
にその立ち合いは、相手が立てば、いつでも立つという
ものであった。立ち合いは双葉山に学ぶべきである。

大型連休でもどこにもいかず
興味深いテーマをこれからも届けます。

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  • この記事を書いた人
denkouriki

denkouriki

無類の相撲好き。きっかけは昭和42年、九重(元千代の山)が分家独立を許さない不文律の出羽海部屋から破門独立したことです。そのさい、千代の山を慕ってついていった大関北の富士がその直後の場所で初優勝した。こんな劇的なドラマを見せられたことが、大相撲から離れなくなりました。視点は監察委員を八百長Gメン、燃える要素があると強い北の富士を循環気質と呼んだ杉山桂四郎氏に。土俵の心は玉の海梅吉氏に、問題点を探るのは三宅充氏に、そして相撲の本質、真髄は小坂秀二氏に学んできました。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。

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