幕内力士の人数 明治国技館開設編

現在の幕内力士の人数は42人である。これは平成16年一月場所が始
点である。その前は40人であった。2人増員のきっかけは公傷制度
の廃止にあった。

公傷制度とは本場所でケガをした場合、その場所の休場は負け扱い
になるが、翌場所休場した場合番付はそのままの扱いになる制度で
ある。あくまで本場所の負傷であった。大関は1場所途中休場で負
け越しても翌場所カド番にならないことになった。千代大海は恩恵
を受けた大関である。

北の湖理事長

公傷制度があるうちは休場力士が絶えなかった。そのため公傷制度
は廃止されることになった。その代わり幕内・十両の人数を2人ず
つ増やすことになった。北の湖理事長のときに決まり、実施された。

さて、幕内力士の人数はどのように変化してきたのか。明治42年夏
場所の両国国技館開設以降を調べてみた。この場所幕内で東西対抗
の団体戦が始まった。幕内力士の人数は40人であった。

この時期幕内力士の人数は一定数ではなかった。毎場所変わった。
明治43年春場所 42人
明治43年夏場所 44人
明治44年春場所 45人
明治44年夏場所 49人
明治45年春場所 48人
明治45年夏場所 49人

旧両国国技館はがき

この時期現在の番付にはない張出前頭や番付外が見える。番付外は
現在と意味が違い、幕内の枚数の間に位置している。大阪相撲や京
都相撲からの移籍力士が力に応じた位置に番付外として入れた。そ
のため東西制でありながら奇数の人数の場所がある。もっとも休場・
途中休場の力士が出るとアンバランスは免れなかった。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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