魁傑の大関復帰街道

魁傑は同部屋の輪島と同じ日大出身である。ただし、相撲部ではな
く柔道部であった。柔道からの大相撲転向であった。花籠(元大ノ
海)部屋では輪島が注目されていた。魁傑が表舞台に出てきたのは
入幕4場所目であった。

一人横綱の北の富士は乱調。4大関はいたが弱かった。そんななか
で浮上したのが魁傑である。昭和47年三月場所、長谷川と優勝決定
戦となった。本割では外掛けで魁傑が勝っていた。だが、優勝決定
戦では長谷川は外掛けにくる瞬間出た。魁傑は優勝こそ逃がしたが
存在感を示した。

魁傑が初優勝したのは入幕14場所後であった。北の湖が千秋楽輪島
に敗れチャンスがまわってきた。横綱北の湖との優勝決定戦、突っ
張りで完勝した。これを足がかかりにして翌場所11勝して大関に昇
進した。大関直前までは15場所131勝94敗。優勝1回、殊勲賞2回
敢闘賞2回技能賞1回だった。

大関時代は5場所で終わった。成績は42勝32敗だった。大関落ちし
た後、殊勲の星をあげても元大関だからとインタビューを受けなか
った。これをベースに11勝ー11勝と好成績をあげ、若三杉とともに
大関に昇進した。大関陥落後は64勝42敗、優勝1回、敢闘賞4回だ
った。

だが、再大関は4場所で終わった。27勝33敗であった。再び大関陥
落となった。その後8場所幕内を努めて引退した。成績は8場所51
勝65敗だった。魁傑はクリーンな大関だった。「休場は試合放棄」
と負けが込んでも休まなかった。女学生に人気があった。

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この記事を書いた人

無類の相撲好き。本場所は地方場所を含めて年間半分くらい観戦しています。大相撲に農閑期はなく、随時執筆していきます。興味深く読んでいただければ幸いです。お問い合わせなどあれば管理をお願いしてる masaguramさんまでX(Twitter)ください。

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