5位 照ノ富士72休(令和5年)
不戦敗1を加え72休場を記録した。全休が4場所、途中休場が1場
所であった。照ノ富士は横綱全休が7場所あり、大半が令和5年に
集中した。連続休場は令和4年九月場所からの4場所である。横綱
在位21場所中引退した場所を別にすれば12場所休場した。
4位 大乃国75休(平成元年11月~2年9月)
5場所全休で記録した。出場した場所も8勝7敗と悲惨な成績だっ
た。横綱在位23場所。引退した場所を除き8場所休場した。師匠放
駒(元魁傑)が決断し、引退した。まだ28歳であった。
3位 稀勢の里76休(平成29年9月~30年7月))
稀勢の里は新横綱の場所、日馬富士戦で致命傷を負った。そのため、
満足のいく土俵を務められなくなった。その後フル出場は1場所だ
った。10勝5敗でなんとかのりきった。翌場所1勝もできず、2場
所後に引退した。横綱在位12場所だった。
2位 武蔵丸80休(平成18年11月~19年9月)
引退直前の1年間で記録した。2不戦敗を加え、全休4場所・途中
休場2場所で記録した。朝青龍が横綱に昇進したが、武蔵丸との横
綱同士の対戦は実現しなかった。横綱在位27場所。引退した場所を
除き、休場は9場所であった。
1位 貴乃花90休(平成13年7月~14年5月)
平成13年五月場所、武双山戦で致命傷を負った。そこから長い休場
が始まった。全休が7場所連続に及んだ。そのあと12勝3敗をあげ
たが、再び全休した。その翌場所引退した。横綱の引退としては出
場-休場-再出場引退という珍しいカタチとなった。
(この項目終わり)