玉錦はなかなか横綱になれなかった。3連覇しても見送られた。し
かも横綱は不在だったにもかかわらず。横綱になった直前の成績は
7勝4敗だった。大関時代の実績と春秋園事件で協会に留まったこ
とが認められた結果である。
平幕が横綱に勝つと金星となり、報奨金がアップする。昭和5年に
始まったという。新横綱以降制度があったのは横綱の代でいうと玉
錦からになる。玉錦の金星配球率は果たしてどのくらいか。
横綱時代金星配給数は3個である。その3名は男女ノ川、能代潟、
大潮である。男女ノ川は平幕ではなく、別格である。春秋園事件で
協会を飛び出したが、復帰した。番付に名前がないので別格として
出場した。

ただ、これを場所数で割っても意味はない。全休の場所、途中休場
の場所があるからだ。そこで平幕との対戦成績で勝率の逆の敗率を
出すことにした。玉錦は系統別総当たり制だった。三役・横綱との
対戦は必然的に多くなった。
玉錦は横綱12場所在位した。現役のまま帰らぬ人となった。横綱時
代の平幕戦は55勝3敗だった。敗率、すなわち金星配給率は5.2%
であった。これはかなりいい数字である。