千代の富士の現役は栄光に包まれていた。千代の富士の栄光は数々
あるが、誰の目にもはっきり映るのは31回の優勝・5連覇と53連勝
であろう。といっても順風満帆な相撲人生ではなかった。
千代の富士の新入幕は昭和50年九月場所であった。大関貴ノ花が決
定戦で北の湖に勝って2回目の優勝を達成した場所であった。新入
幕で5勝10敗と負け越した。それだけでは終わらなかった。幕下に
まで番付を下げた。

再入幕まで2年2場所かかった。千代の富士は投げ中心の相撲であ
った。脱臼癖があり、これが出世を妨げていた。脱臼癖を克服する
ために、まず筋肉で固めた。次に取り口を前みつを取って出る相撲
に変えた。
横綱北の湖との優勝決定戦を制しての初優勝は日本中が熱狂した。
瞬間最高視聴率は65.3%と驚異の数字をはじき出した。新入幕から
5年半経っていた。
隆の里は遅れて来た男であった。隆の里と2代目若乃花は青森から
同じ夜行列車に乗って上京した。昭和50年五月場所、隆の里が新入
幕したとき、若三杉(のちの2代目若乃花)はすでに関脇だった。
隆の里が関脇になった昭和54年九月場所、2代目若乃花は横綱だっ
た。

そんな二人が4場所連続相星決戦をすることになろうとは、このと
きは想像できなかった。